はるのゆめ

ベルサイユのばらが大好きです

アンドレ・グランディエの妻に(再び)

ベルサイユのばら」のパリ出動前夜の場面がとても好きで、何回も読み返しています。以前にもこの場面から、記事を作っています。少し違う切り口の記事や、今回の記事を補足する内容もありますので貼り付けます。興味がありましたら、お読みください。

     

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つい先日記事にした「ベルばら手帖」という本では、オスカルは現代女性でも、ハードルの高い「誘う女性」でもあったと書かれてありました。それはそれで間違ってはいないのかもしれませんが、少し違うという意見を書きたいと思います。

この時代の身分制度とそこに生きる男女の関係性を考えないと、このオスカルから、アンドレに対する言葉は、理解出来ないのではないでしょうか。

いくら幼馴染みとはいえ、いくら愛し合っているとしても、アンドレからは言い出せない、社会構造の中で二人は生きていたと思います。

だから、アンドレは、オスカルと身体的に結ばれたいと思いながらも、おれにはすぎたのぞみなのか・・・と言い出すことは、出来なかったのです。

オスカルが、そんなアンドレの気持ちをどこまで理解していたかは、作品中では描かれていないので、分からないのですが、自分から言い出さなければ、アンドレからは言うことは出来ないということは理解していたのではないでしょうか。

オスカルはアンドレを愛していて、そして、この時期、「アンドレを愛している、結婚がしたい」という気持ちを持ちながらも、自分自身は咳き込んで吐血をしたり、パリへの出動をひかえて、死をかなり現実的なこととして、受け止めていたと思います。

そう考えると、アンドレと身も心も結ばれるタイミングとしては、パリ出動前夜しかなかったと思うのです。

でも、「アンドレ・グランディエの妻に」と言った時の、オスカルの目を伏せた表情は、いつもの、リーダーシップを発揮し、りりしい姿とは違う、少しためらいを感じさせる、優しいオスカルの表情です。

そして、いざ、アンドレが近づいてくると、経験としては初めてのオスカル、「だけど・・こわい」と思い、アンドレの手から逃げ出そうとします。ここの場面が、本当に好きです。

アンドレがここで、オスカルもう待てないと言うシーン、アンドレが素敵過ぎます。そして、オスカルを安心させるために、額にキスをするアンドレの優しさが素敵です。大人の男性ですね、アンドレは。

本当に少女マンガなのかと思うくらい、ここのシーンは、大人になって、読んでも素敵です。少女マンガだからこそ、こんな風に素敵に描けるのかもしれません。

この作品を描いた時の若い池田理代子先生の感性の素晴らしさに感動します。