はるのゆめ

ベルサイユのばらが大好きです

7月13日の夜は

アンドレが亡くなり、7月14日の朝を迎えるまで、オスカルはどのように過ごしていたのでしょうか。原作には描かれていない場面です。

フランス王家を裏切り、王家の軍隊であるドイツ人騎兵と戦闘になったフランス衛兵隊ですが、逮捕されたり、捕縛されたりということは、描かれていません。でも、この裏切り行為は軍本部に連絡はいっているはずです。

これは、私の想像ですが、12日に大蔵大臣ネッケル罷免のニュースがパリに流れてからは、パリは不穏な空気が高まっていたと思います。

そして、厳戒体制がしかれていたと思います。この13日という日は、フランス衛兵隊とドイツ人騎兵の戦闘以外にも、パリのあちこちで、暴徒反乱の火の手が上がっていたのではないでしょうか。

そして、この大きな群衆の流れが、翌日のバスティーユ牢獄襲撃へと向かっていくわけです。

パリは非常事態が起こっていて、放っておくと、パリの暴動が、飛び火し、フランス全土で暴動が発生する危険性もある事態だと思われます。

そのような状況の中、離反者の連絡は軍本部にも届いていたとは思いますが、すぐに処分などの対応をとることは難しい状況だったかもしれません。

そして、市民側についたオスカルのもとには、ベルナールなどを中心とした、武装蜂起をした組織のメンバーなどが、今後の対応策を話し合うために、集まっていたことも考えられます。

そして、フランス衛兵隊員の中には、アンドレ以外にも、戦死者が出ていますので、オスカルはそれらの対応に追われていた可能性も高いと思います。

でも、アンドレのそばで、悲しむ時間はなかったのでしょうか。わたしはあったと思います。

みんなが帰り、遅い時間になってしまったかもしれませんが、オスカルはアンドレのもとに行ったのではないでしょうか。

アンドレの遺体が、どこにあったのか分かりませんが、もしかしたら、ほかの戦死者と共に、どこかの場所に安置されていたかもしれません。

冷たくなってしまったアンドレの手を握り、涙を流すオスカルをアランが心配して見にきたのではないでしょうか。

その時に、オスカルはアランに話したかもしれません。「アンドレに「武官はどんな時でも感情で行動するものじゃない」と言われたんだ」と。 

エピソード編で、アランが、妹のデイアンヌを裏切った元婚約者と遭遇した時に、この言葉が耳に聴こえてきて、復讐するのを思いとどまります。

オスカルがそう言っていたのを思いだしたのかもしれません。そして、その言葉を聞いたとしたら、この夜のような気がします。