はるのゆめ

ベルサイユのばらが大好きです

アニメベルばら最終回

指揮官を狙えという敵方からの、一斉射撃を受けて、倒れるオスカルの姿から、最終会は始まりました。

最終回のタイトルは、「さようなら、わが愛しのオスカル」です。

これは誰の視点からのタイトルなんだろう、我々視聴者なのか、ロザリーとかアランなのか、と少しツッコミたくなるところですが、まあいいことにします。

狙い撃ちされたこの状況だと、かなり被弾していてもおかしくないのですが、額から顔に流れてくる出血以外、出血の様子は描かれてはいません。

オスカルを運び、戦線を離脱するのは、アランと隊士たち、そして、ロザリーとベルナールです。

途中で、降ろして欲しいとオスカルは訴えます。

「おろしてくれ、とても疲れている、休ませてくれ」

そして、「味方の砲撃の音が聞こえない、撃つんだ、バスティーユを陥すのだ」と。

そのオスカルの命令を受けて、アランと隊士達は再びバスティーユの攻撃に戻ります。オスカルはその味方の総攻撃の声を聴きながら、「アデュー」と一言言って、息を引き取ります。そして、その1時間後に、バスティーユに白旗が上がります。

アニメ版、オスカルはどんな想いで、この世を去ったのでしようか。別れの言葉以外、オスカルの心の有り様を探ることが、殆ど出来ませんでした。

上空を飛ぶ白い鳥が描かれていて、オスカルがその鳥を何度も見上げるシーンが描かれていました。もしかしたら、アンドレが迎えにきてくれたかもしれません。そう考えないと、寂しすぎるオスカルの亡くなり方です。

でも、これはこれでいいのかもしれないとも思いました。

原作では、腹部からかなりの出血があります。そして、オスカルを庇ってアランも左腕に被弾しています。

「続けて、射撃を中断するな、あと一息でバスティーユは陥ちる」という命令を出し、オスカルはアランに抱き抱えられて戦線を離脱します。

オスカルは、心の中でアンドレに呼びかけます。

「おまえは苦しくはなかったか、おまえがたえた苦しみなら私もたえてみせよう」

そして、アニメと同様、おろしてと頼みます。「アンドレが待っているのだよ」

そして、ロザリーに、「どうか、わたしをアンドレと同じ場所に(埋葬して欲しい)、わたしたちはね、夫婦になったのだから」と言います。

「泣かないでロザリー、わたしはこんなにも安らかだ」

そして、「自己の真実のみにしたがい、一瞬たりとも、悔いなくあたえられた生をいきた」と自分の人生を振り返ります。

その時、バスティーユに白旗が上がります。その白旗を見届け、「フランスばんざい」という言葉を残して、オスカルは息を引き取ります。

アンドレの死と同様に、自分の生涯を納得して死を迎えるオスカルの姿が描かれています。 

以前、私はバスティーユ攻撃でオスカルが命を落とす時に語った言葉、そして、アランの気持ちを記事にしていますので、下記に掲載します。

 

lapanlapin.hatenablog.com

 

lapanlapin.hatenablog.com

 

アニメでは、ここで、5年の歳月が流れ、アランとベルナール、ロザリーの回想を通して、その後のフランス革命が語られていきます。

原作では10週をかけて描いたマリー・アントワネットの死までを、アニメでは残り15分ほどで描いてしまうので、かなり無理があります。

池田理代子先生が当初「ベルサイユのばら」を描くにあたり、一番描きたかったのは、オスカルの死後、マリー・アントワネットが亡くなるまでなのではないかと思っています。 

フェルゼンのマリー・アントワネットに対する献身的な愛の姿、いのちをかけた愛の姿は、美しいとかそういう言葉では言い尽くせない、壮絶なまでの愛の姿が描かれています。

そして、マリー・アントワネットの最後まで王妃として誇り高く生きて、そして死んでゆく姿には、心打たれます。

原作は、オスカルの死後は、10週で終わらせるような指示が編集者からあったと聞いています。そのような制限があり、本来描きたかったことを、すべて描くことは出来なかったのかもしれませんが、でも、作品としては分かりやすく描かれていたと思います。

今日で楽しみにしていたアニメ「ベルばら」の再放送も終わってしまいました。もう少し早くから知っていたら、全部視聴出来たのにと残念です。

テレ玉の火曜日のこの時間帯は、来週からは「ガラスの仮面」の放映が始まるそうです。見るかどうかは、もう少し考えます。